奥出直人のJazz的生活


by naohito-okude

カテゴリ:講演会・展示会( 9 )

3月16日。未来館、メディアラボ第6期展示「ジキルとハイドのインタフェース」オープニングパーティに行った。ジャズ歌手の深山エダさんとまずは泡を稲見昌彦さんに届けた。

公開時期 2010年3月17日(水)~2010年6月14日(月)の長期展示である。
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稲見さんの研究の一番のすごみはエンジニアリングの技術によって我々が身体性をもっていることを強烈に自覚させるところにある。そのポイントは人間の知覚の仕組みそのものにインターフェイスをする仕掛けを作ることにある。

人間の身体は複雑な仕組みで外界を知覚して「リアル」だと感じている。外部に存在している情報量に比べて圧倒的に非力な感覚器官をつかって外界を知覚しているにもかかわらず、我々の身体はそれを現実と、あるいはそこに存在していることをまったく疑えないようなリアリティを感じている。身震いをしたり感動したり、歓喜に喜び、恐怖におびえ、悲しみに涙する。

要するに人間は情報をセンサーして、その情報をつかって自分の世界を自分の意識のなかに生み出し、その幻想の世界に身体を直接つなげていろいろなことを「リアリティ」と感じている。『マインドタイム』や『ユーザーイリュージョン』といった本がこの世界の仕組みを分かりやすく説明してくれている。
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この二冊の本が教えてくれるということは我々は実際におこっている現象より少し遅れて「リアリティ」を頭の中に生み出しているということである。その時間差に精密にインタラクションの仕掛けを埋め込むと、人間が作り出す幻想を制御することができる。その制御は身体が感じているリアリティの制御につながる。ではそれはどのような制御なのか、さらにはその制御技術によって我々が獲得する新しい身体的現実感とはどのようなものなのか。ここを探るのが稲見氏の研究の核心である。コンピュータ世界と人間の「現実」世界をつなぐといった簡単な研究ではない。

我々は自然界はニュートン的力学によって構成されていると普通に考えている。だが、ニュートンが錬金術師デザリエとおこなった光の実験の基本にあるレンズを例にとると、レンズは小さい物を拡大する。すると、拡大された微少な要素が主体でそれがものごとの原因だと普通は考える。その細部の相互作用としてマクロな現象を考える。つまりは微分して細部を探し、その結果を積分してマクロにするのだ。分解と再構成である。だが、ホログラムを例にとると、局所の情報が全体の情報と同等である。これはどういう訳か?これはデービッド・ボームの『全体性と内蔵秩序』(青土社1986年)で展開されている議論だ。佐藤文隆氏の『量子力学のイデオロギー』によると、観測機器の問題と細部に分割できない秩序が存在していることの非常にうまい説明だとある。観察機器によりリアリティが変わり、またその現象は分割できない。

この「リアリティ」の世界にどのように踏み込んでいくか、は確率過程モデルの問題と、科学と人間の意識の両方を扱うというあたらしい哲学モデルの検討が必要になり、これこそが僕が稲見君と2年前から一緒に仕事をするようになって、一番興奮する共通のテーマなのだが、ここを詳しく論じるのはまたの機会にする。『マインドタイム』と『ユーザーイリュージョン』で議論されているテーマであり、これを「学術」テーマとして議論するまで日本のデジタルアカデミズム(?)はまだ成熟していない。だからフロンティアで面白いのだけれど。

さて、観察機器という名前はあたかも自然現象があってそれを「観察」して真実を得る、という響きがある。だが、「リアリティ」創出機器と見なすと、「ジキルとハイドのインタフェース」で展示されているインターフェイスはすべからく「観察機器」である。そしてそれによって我々が感じるリアリティは分割不可能な量子力学的世界の話なのだ。そしてそのリアリティを楽しんでもらおうというのが展示会の狙いだ。

稲見君と入り口で記念写真をとった。白と黒、ジキル氏とハイド氏のメタファーだ。だが白と黒とはニュートンが光を7色に分解した方法に対して、ゲーテが反論した根拠でもある。

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ゲーテの色彩論は、機械論的世界観への反論である。ニュートンの光学では、光は屈折率の違いによって七つの光に分解され、人間はそれを感覚中枢で色彩と認識すると考える。ゲーテは色の生成は光と闇だと考えた。白と黒である。白と黒の相互作用の中で色彩は成立するとゲーテは論じた。光は自然界の光を分析するだけでは理解できない。それを知覚した人間の身体の働きも関係している。人間は自然界の光の成分のほかに明るさと暗さという両極にあるものを活用して、ダイナミックに色彩を生み出し経験している。グレーのところにリアリティがあるのだ。なのでポスターにグレーが使われていて、そのダイナミズムのなかに人間があることを示しているのが、顔にも見えるこのポスターのデザインである。

さて、ホログラムやVirtual Realityの研究はコンピュータグラフィックスというニュートン的というかデカルト的空間の中でリアリティを獲得しようとする試みであった。稲見さんも初期にはこうした方法で研究を続けていた。だがあるとき、現実にある物体とコンピュータが生み出すイメージをつなげると、人間が「リアリティ」を身体的に感じる現象を作り出すことができることを発見する。その経験は身体が確実に理解して、感動したり恐れおののいたり(ジキルとハイド)するのだが、いままでどこにもないものである。身体が外的情報を処理して「リアリティ」という幻想を生成するわずかな時間差にエンジニアリング技術(観測機器)で介入する。

《オーギュメンテッド・コロシアム》 (2005)

これはプロジェクタから投影されたCG映像と、ラジコンカーがリアルタイムで連動して対戦型ゲームができる作品である。これはあたらしいリアリティを感じさせる装置として、プロジェクターをつかってラジコンの車の位置を正確にセンシングして、そこにコンピュータグラフィックスを重ね合わせる。ここで得られるリアリティは、コロシアムというタイトルが示すように、人間の知覚空間(周辺視まで含んだ空間)のなかにローマのコロシアムのように全体的な存在感がすぽっと浮き上がる。戦いのリアリティが身体的に感じられる。
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《リラティブ・モーション・レーシング》 (2007)

Webサイトの説明によると、「車型ロボットが、ディスプレイに表示された道路の上の指標画像を読み取り、その上に乗るようにして走行する。ロボットの動きが実際よりダイナミックに感じられる。」とある。モニター上におかれているコンピュータグラフィックス上の車の位置に車型のロボットを置き、その位置を正確にセンシングして、一方でコンピュータグラフィックス上にも車を走らせたり、カーブや直線などの複雑なコースを再現する。コンピュータグラフィックスの中の世界をロボットの車が走っていく。意識をもったおもちゃが動き回る世界が目の前に再現する。生きたおもちゃである。このファンタジーはすごい。

《光学迷彩》 (1998)
「物体を光学的にカモフラージュする技術。物体の背後の映像をプロジェクタで投影し、あたかも透けたように見せる。」である。稲見君を世界的に有名にした作品のヴァージョン2。自分の身体がなくなってしまうことによって生じる新しいリアリティにかんしては、H・G・ウェルズのSF小説『透明人間』によって19世紀末に描かれている。スティーヴンソンの『ジキル博士とハイド氏』から薬品によって人間が変身するというアイディアを得て、人間の心にひそむ暗黒面を外見の変化で表現したと言われている。今回実際に体験してみた。いや、びっくり。消えた。身体性が消失したリアリティというのも奇妙な話だが、なかなかセンセーショナルな経験であった。

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そのほかにもいくつか展示があった。全体のアプローチは同じである。人間の5感に入る情報をエンジニアリングで操作して身体が感じるリアリティを演出していく。ここにルネッサンス時代のエンジニアリングと同質のものを感じる。機械主義的な世界観に毒されるまえのエンジニアリングは、芸術を表現する技術ではなくて、人々に身体的リアリティを提供する方法だった。ファンタスマゴリアという言い方にあるように全体性をたもってファンタジーを人々に提供する方法であった。自然界の真実を暴く技術でも、機械仕掛けの装置を構築する方法でもなかった。いまデジタル技術によって再び、人々に楽しい、あるいは時としておそろしいリアリティを提供する役割を獲得しつつある。これがまさに今回の展覧会のエッセンスである。まとめてみると稲見君の考え方がよくわかる。実に面白い。
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by naohito-okude | 2010-03-18 10:54 | 講演会・展示会
「美しさのデザイン」と題して、山中 俊治 慶應義塾大学 環境情報学部 教授のプレゼン。
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山中さんは東京大学工学部出身にもかかわらず日産にデザイナーとして採用されて、自動車のデザインを行っていた。その「華麗(?)」な経歴から早くから注目されていたが、その後独立したデザイナーとなった。20年ちょっとまえのことだ。
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僕はそのころデザイン評論家として積極的に活動をしていた。いろいろなシンポジウムや会合で一緒になることが多く、そのころからの知り合いである。そのころ書いた評論のうち長いものは「トランスナショナルアメリカ』や『アメリカンポップエスティックス』にまとめてあるので、興味のある人は読んで欲しい。またこのころIDEOのBill Moggridge 氏がインタラクションデザインというまったく新しい方法を提案して、実際にデザインをおこなってみせた。
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それを日経のある雑誌で批評したことが縁で彼と知り合い、彼の下で働いていた現在IDEOのCEOであるTim Brownを紹介される。彼と一緒に日本で「デザインクエスト」と題したワークショップを行った。企業のインハウスデザイナー中心のワークショップである。まだデザイン思考という言葉になるまえだが、プラクティスから知を生み出す方法に僕はかなり衝撃をうけた。
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またTimもこのときに方法論の汎用性に気がついたのではないかと思っている。「アフターファイブの仕事でやる」つまり無料でやるよ、これは面白いしIDEOにとっても大事だ、と言ってくれたのを今でも覚えている。サンフランシスコのオフィスで働いていた深沢直人さんにあったのもこの頃である。デザインクエストの最終日にシンポジウムを行い、Timと僕と山中さんで話をした。それから随分時間がたったのか、一瞬でいまにいたるのかよくわからないが、いま慶應で同僚になっているのはなかなか感慨深いものがある。

デザインという行為は魔術ににて、いや魔術であり、人を幻影の中に引き込む。僕はその魔術をインタラクション環境でおこないたいと15年ほど本当に暗中模索してきた。Crestの5年間でこのくらいトンネルから抜け出た気がしている。なにがインタラクションデザインか、どのように表現をしていけばいいのか、分かった。それは今回のシンポジウムで配られている冊子のなかで僕が書いた理論の章に詳しく書いたのでここでは省略しよう。

さて、僕はデジタル環境の中に魔法をもとめて試行錯誤してきたが、山中さんは物理的な環境でデザインを追求してきた。そのことが非常によくわかった発表だった。さらに、僕が長く忘れていたデザイン批評家あるいは美学哲学者的魂も呼び戻した。古典的美学とロマン派美学、と考えて、「そのあたりは奥出さんの判断に任せるとして、僕は」と山中さんが言ったときに、ああ、山中さんは機械マニエリズムだったんだ、と感動した。批評家的感性がよみがえった。

いま普通にSUICAを駅の改札口の機械にタッチして駅に入っていると思う。あの機械は山中さんのデザインである。13.5度の傾斜が付いている。エルゴノミックスとかユーザービリティというつまらない話ではなく、美しいデザインで人々の行動の中にとけ込んである。
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こうしたデザインを行う3つの原則を山中さんは話した。

その1 構造をデザインする

形を描こうとしてはいけない。構造を描くことで自然に形が生まれる。山中さんはスポーツマンガを大学時代に書いていたのだが、そのときスポーツをしている人間を描くためには骨格が大事だと気がついたという。

山中さんのデザインスケッチはダビンチと同じダイナミズムがあるのだが、なるほど、人間の骨格、メカニズムなんだな、山中さんのポイントはと分かった。つまり、有機的なスタイルをあたえるよりも、洗練されたメカニカルな設計の達成によって、結果的に有機的になる事が大切だといういうのが山中さんの美学なのだ。

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その2 生命感をデザインをする

「マンガが実物とにない点においてまさに実物自身よりも実物に似るというパラドキシカルな言明はそのままに科学上の知識に抵抗することが出来る」と寺田寅彦の言葉を引いた。このあたりは知性を感じるね。寺田寅彦は日本語の散文のスタイルを作り出した。夏目漱石の弟子であり、物理学者だ。彼の弟子達は「ロゲルリスト」というグループを組んで活動した。僕の中学高校時代の愛読書だ。ニュートン物理学からどのように脱出していくのか、量子力学の考え方は僕たちの日常生活の意識にどのように影響をあたえていくのか、ここが一番大切。稲見さんも、稲見さんの先生の舘さん(いまKMDの先生!)もここが一番肝要なことをわかって活動をしている。ここをどうやって教えるかは僕も一番気をつけているところだ。

だが「SFC生はどうしてこんなに数学が出来ないんでしょう」と山中さんの発言。そう、そこが悲しい。一番本質的なところにいるSFCの学生は数学が出来ないからこの問題が分からない。僕の答えは「いまKMDではここをしっかりと教える努力を始めました」。学生の無知を批判しても始まらない。分からなければ教えよう。でも分数までは理解していてね。微分方程式、離散数学、確率過程、などなどはゼロからおしえるから。

さて、生命感をデザインするために、いきものっぽさの抽出を試みて、働かないロボットをいくつか作った。それを紹介した。ポイントはメカニカルな動きをしているのに、それが有機的に見えること。ここはポイントだね。たしかに機械なんだけど生命を感じる瞬間がある。つまりバウハウスから20世紀のデザインを支配してきた機械美学を山中さんは踏襲すると言っている。で、問題はいままではあまりに稚拙な機械技術だからたいしたことはなかった。だが制御工学がここまで発達すると、機械の仕組みで生命観がデザインできる、というわけです。たしかにね。面白いし、作品は説得力があった。

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その3 応答をデザインする

レイテンシーが無いことが大切。紙をテーブルに置くと、カメラがそれをセンサーしてすかさず紙に情報を投影する。この仕組みを上手にデザインして非常に魅力的なインタラクションデザインを行っていた。機械美学で要求される厳密さをデジタルに反映するとデザインが変わるのだ。これもいいね。

さて、プレゼンの最後はiPhone Babyのビデオだった。1歳半の赤ん坊がiPhoneを自在につかう様をビデオで報告。「これを見せると、これしか覚えていないかも」と山中さんは言ったがかなり衝撃的な映像。デザインとは?という問題を考える糸口になる。

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という感じで山中さんのプレゼンはおわり、稲蔭さんが話した後、質疑応答となった。フロアからの質問への山中さんの答えが面白かった。彼はアーチストと科学者あるいはエンジニアは方法があまりにも違うと言う。したがって両方を混ぜない方が良いと述べる。二つのことなることを一人の人間が行うことで到達する領域がある。けんかを意識的に裁く。お互いに殺し合わないようにする。これが山中さんのポジションだなあと思って聞いた。

エンジニアリングは基本的に魔術師だ。だがその背後にある科学に関しては、山中さんは非常にかちっとした態度を取っている。僕は実はその科学観が大きく変わっているところが大切だと思っているのだが、山中さんはそうは考えない。なぜなら「20世紀初頭にモダニズムで考えたことは、その実現方法があまりに粗雑で違ったものになっている。いま技術が進み、繊細な制御が出来るようになり、ようやくきちんとした表現が出来るようになった」と考えるからだ。この考え方には一理ある。それが、まさに機械マニエリズムと、評論家の僕としては呼びたいところなのだ。

しかしiPhoneBabyのビデオは、機械時代のデザインを超えていく可能性をもっている。そこに気がついているのも山中さんなのだ。iPhoneにはボタンが一つしかない。iPhoneはもう独立したプロダクトとしてはデザインされていないのだ。デザイン言語をフィジカルな存在にしていない。だから赤ん坊でも使える。では様々な利便性や感動を与える構造を担っているのはなにか。それはソフトウェアである。デザインに構造は必要だが、それはフィジカルな構造とは限らない。何をフィジカルに、何をソフトウェアに配置するのか。それはデザイナーの哲学や好みを反映する。

山中さんはここまで分かった上で、フィジカルなデザインの可能性を追求すると宣言していた。まさに機械マニエリズム宣言であった。
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by naohito-okude | 2010-02-19 21:51 | 講演会・展示会
久し振りのblog.最近Twitterばかりだったが、これからはこちらも。
今日はユビキタスコンテンツシンポジウム 2010。サブタイトルはデザインとエンジニアリングの境界線。
慶應大学メディアデザイン研究科の稲蔭正彦教授のもとに5年間かけておこなった研究の総括。僕は理論の構築をおもにおこなった。理論から実際のデバイス、そしていくつもの作品、さらにはその制作方法までを網羅した非常に珍しい研究である。

http://xtel.sfc.keio.ac.jp/jp/2010/01/_2010.html

10:40 - 12:10 「親しみのデザイン」
           石黒 浩 大阪大学大学院 基礎工学研究科 教授
           奥出 直人 慶應義塾大学 メディアデザイン研究科 教授
           司会 稲蔭正彦
  12:10 - 13:30  休憩
  13:30 - 15:00 「美しさのデザイン」
           山中 俊治 慶應義塾大学 環境情報学部 教授
           稲蔭 正彦 慶應義塾大学 メディアデザイン研究科 教授
           司会 奥出直人

の順番で話をした。

さて、石黒浩さん。

2010年の映画『サロゲート』の冒頭で映っているシーンがあるロボット研究者である。自分と同じロボットをネットワークで使って人間とは何かを研究している。そのいみで、自分の代わりにロボットに仕事をさせている未来を映画にした「サロゲート」そのものなのだが、彼の立てている議論は非常に面白い。

ロボット特に人型ロボットというと知能を持っていることが前提だが、彼の提案するロボットは意思を持たない。新しいコミュニケーションディバイスである。非常に精巧な機械の表面にプラスチックの皮膚をつける。そして、それをアクチュエーターで制御して表情を作る。

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彼のポイントはこの表情をもつアンドロイドを見て人間はどう反応するか、である。その分身を自分の延長だと意識したとたんに、身体が反応する。つねられるとつねられた気がするのである。ミラーニューロンの働きだ。

人間は無意識に身体を動かしている。そうした特徴も埋め込み、人間そっくりにつくっていく。石黒氏は機械工学と材料工学が一緒になった学科で勉強をしてきたそうで、その両方で学んできたことがこの研究にはよく反映している。ロボットというと、ロボットらしいデザインをする傾向があるが、あくまで人間ににている、外見に似ていることにこだわって研究を続けてきた。三菱重工がかつてつくっていた「wakamaru」というロボットがある。愛知万博に出展された。その中身は石黒氏が開発したそうだ。だが、外見はプロダクトデザイナーの喜多俊之さんである。石黒さんは「ロボットらしい」デザインの代わりに、当時4歳だった娘とそっくりの外観のロボットをつくった。
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実際に娘さんと対面させたところ、「気持ちが悪い」といったそうだ。その後さらに研究を続け、30代の女性そっくりのアンドロイドを作る。
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さて、石黒氏のすごいところは、このアンドロイドをつかって哲学的な考察、つまり人間とは何かをかんがえていくところである。いくつも著書がある研究者だが、その議論は面白い。まず一番大切なところは、アンドロイドは機械であり、制御の技術が非常に進んだ現在では凡庸な人間の表現力を超えることが出来る。一流の役者のように悲しみや喜びの表情を作ることが出来る。悲しみの精神をもつのではなくて、悲しみの表情をつくることができるのだ。

また壊れていくアンドロイドや修理をしているアンドロイドをみると、生きているとしか思えない。解剖図をみているような奇妙な感覚にとらわれる。このあたりバーバラ・スタフォードの『ボディ・クリティシズム—啓蒙時代のアートと医学における見えざるもののイメージ化 』の示した18世紀的知性が身体の内部を切り開くことで形成されたことをうけて、我々は身体を外在化させていくことで新しい知性を生み出す可能性を感じさせる。修理を受けるアンドロイドは実に生々しい。

これは実は演劇あるいは演出術とも通じる。人間を感動させるために演出家は俳優に演技を指導するが、そのときに、役者には心は必要ない。だがこの考えをさらにすすめると、人間にも心は無いかもしれない。石黒氏はドレイファス、ウィノグラード、サールなど現象学に大きく影響を受けている反人工知能研究者と非常に近いところに存在していることが分かる。

さらに感動的なところは、いわゆるロボットデザインから脱却して、「似ている」ということに注目して研究を続け、その結果、「似ている」と感じる感覚を探り、何処まで似ていると似ていると感じるのか、というアナロジー思考にまで踏み込んでいるところだ。ロボット研究の哲学的な側面を深く追求している。非常に面白い。今度彼の著作をまとめて読んでみよう。
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by naohito-okude | 2010-02-16 10:38 | 講演会・展示会

KBC Brand-New Challenge

9月19日土曜日

慶應の学生の団体がデザイン思考でなにかをつくるという合宿をやって
その成果発表を五反田の大日本印刷の場所で行うので、12時から夜7時くらい
までつきあった。坂井さんと平田さんと僕がデザイン分野からこのコンペに審査員として参加。

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この試みはKBC Brand-New Challengeと言って、今年で2回目のプロトタイピングコンテストである。プロトタイピングとはプロトタイプ(試作品)をつくることで、デザイン思考を用いてチームごとにプロトタイプを作製し、その出来を競うものだ。6日間、合宿をして成果を発表する。

http://www.keio-contest.org/brand_new_challenge/about.html

http://www.keio-contest.org/brand_new_challenge/summary.html


審査委員は

坂井 直樹
コンセプター / 株式会社ウォーターデザインスコープ 代表
慶應義塾大学大学院 政策・メディア研究科 教授

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平田 智彦
株式会社ziba tokyo
代表取締役

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宮地 恵美
株式会社MMインキュベーションパートナーズ
代表取締役

森 靖孝
メンター三田会
会長代行

早めに集まって概要を説明したパンフレットを渡されたが、その水準にびっくり。Webにあげるように助言。デザイン思考のプロセスを説明した本は『創造する会社』と僕の『デザイン思考の道具箱』があるが、それをよく勉強した上に、さらにワークショップを運営していくファシリテーターの役割を自分たちでしかりと出来るように考え、また準備している。加えて、実際にワークショップを行った。具体的なプロセスと活動の記録をまとめると、ちょっと他にはない素晴らしい記録になる。

僕は昨年に引き続き審査委員長である。昨年頼まれたとき、実はちょっと面倒だなと思った。デザイン思考の入門といってもSFC時代は半年15回かけて教えていたし、KMDになってからも週2回で13回続けて教えている内容だ。KBCの場合も合宿をしたりして実質的な時間は結構使っているのだが、はたしてそれで出来るのだろうかという危惧があった。ところが結果はびっくりするほど水準の高い発表が続いた。今年は楽しみにしてきた。

テーマは身体を洗う。21世紀は身体性をどうデザインしていくかが課題なのでなかなかいい選択だ。発表は4チーム。詳細は今後の知財の取り扱いなどがあるから省略するが、基本的に着眼点とイノベーションをおこなう手際は非常にいい。というかプロ並みだ。審査する側の質問もするどくなる。
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1: チームインセンティブは手を洗うという行為に注目してプロダクトを提案。5感を直接扱うアプローチは秀逸。坂井さんは「プレゼンの時は自分の提案の強みだけではなくて弱みも言うのがプロなのだが、君たちの弱みは?」と鋭い質問。平田さんは提案された形をみるとプロダクトデザイナーとして気になる点があると、質問。僕はアイデアの数が少ないので提案に深みがないとコメント。しかし、この審査員からこのレベルのコメントを引き出すのは凄いよ。

2: チームアケトコは、非常に斬新な手洗い方法を提案。平田さんは手洗いの効果を視覚化する戦略について、坂井さんは手洗い以外は考えなかったと質問。僕はプロダクトのイノベーションは完成しているので、次のサービスイノベーションを、とコメント。このチームは最優秀賞をとった。



3: チーム新事業はお風呂で使う新しい仕組みを提案。おもちゃで楽しいのか、教育目的なのか、という問題があるというのが僕のコメント。平田さんは見るところとするところのデザインの詰めが甘いとレビュー。坂井さんは子供は何をやっても飽きるがその対策は、と質問。

4: チーム ハッピーイノベーションはバスルームと洗面所の間の空間に注目。市場ポテンシャルの非常に高いところを攻めた。

総評を知財に触れない範囲でまとめると、

平田さん
1:うまくするとひっとするかもしれないけど、アイデアの広げ方が少ない。5感に注目したのが言い。
2:良くできていた。方法が面白い。色が付くことがメリットに変わっていくところがおもしろい。
3:ご褒美とでてきたところが>>浴育がよかったが、大人でも楽しめるやり方がある。どちらで行くか。いろいろ可能性がある
4:洗いストッパーは面白かったが、もっと感覚的な満足があったのではないか。アイデアの検証は他者をみるだけではなくて、自分でも体験して確認をしないといけない。

メンター三田会 森さん
1:5感ストラップ。着眼は言い。だが解きたい問題は何だったのか?女子高生の反応?
2:着眼点はいい。実用化までは難しいのではないか。
3:お風呂を楽しむ>>あるいは浴育か?
4:着眼点はいいが、掘り下げが足りない。

宮地さん
1:小さくまとまっている。高校一年生すぐ売れるか
2:普及の戦略がいろいろありそう
3:風呂場をたのしく:プロトタイプをつくったのがいい。
4:着眼点が非常にいい。自分が使っていないのが問題

坂井さん
1:水道や洗剤のないところでも綺麗になる:ターゲットが狭い
2:とてもいい。色の変化で清潔のレベルが伝わるようになればいい。
3:先におもちゃありき>>プロト能力はいい
4:ソリューションのバリエーションがもっとあるのでは。

慶應の学部全体から学生が参加していることでよりイノベーションのレベルが高まっていく。この学生の活動はこれからが楽しみだ。最優秀チームはビジネスモデルのコンペに挑戦することになった。イノベーションしたプロダクトとサービスを持っているチームがビジネスモデルを考えることはとても素晴らしいと思う。
コンテストの総評と表彰式の写真を載せておく。

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by naohito-okude | 2009-09-21 00:05 | 講演会・展示会
戦略デザインの方法
Strategic design from Products to Companies

次の講演者はジョセフ・ホラキス Joseph Forakis氏である。富士通のNEXDの開発を担当したという。自己紹介によると、彼は1962年にニューヨークで生まれた。現在ジョン前田が学長をしているRISD(the Rhode Island School of Design)を1985年に卒業。専攻はIndustrial Designであった。その後ミラノのドムスアカデミー(the Domus Academy)に留学してそのあとはミラノに住んでいる。 1993年に Joseph Forakis Designをミラノに設立。その後、1999-2002にはモトローラ社デザインディレクターをつとめ、主なクライアント:スウォッチ、スワロフスキー、LG電子、マジスなどである。

http://www.forakis.com/

スタジオは規模が小さいブティックスタジオを意識して維持している一方で、マルチディシプリナリー・インターナショナルコラボレーションを上手に行っていくことを心がけており、2つの柱があるという。一つは規模の小さなイタリアの家具照明デザイン中心の会社へのデザインの提供である。感情表現が豊かな「家」関連のデザインを心がけているという。もう一つはマルチナショナルで戦略的に動く会社への戦略コンサルティングである。テクノロジー中心のSumsong, Panasonic, LGといった会社や、Yamahaなどが日本ではクライアントであるという。モトローラ、ロジテックのマウス、スウォッチ アイロニーシリーズからスウォッチトークのデザイン言語開発に参加し、インターフェイスデザインも行うという。

こうした企業とのプロダクトを見せながら、プロダクトデザイナーのプレゼンは色ぽいプロダクトなどの写真を並べるのが普通なのですが、今日の話はこうした普通のプレゼンテーションはほんの少しで、考えることについて議論したいと述べて、経営戦略ツールとしてのアイコニック・デザインを説明した。方法としては僕が考えているデザイン思考2.0と同じ問題意識をもっているものであって、イノベーションの方法論にとどまっていたデザイン思考を超える試みであった。

ちょっと詳しくなるが説明しておこう。

デザインという行為はイノベーションそのものである。イノベーションを行うのがデザイナーの仕事なのだ。では何処にイノベーションを行うべきなのか。それは企業が顧客に対してauthenticityを提供する分野であるという。正直に自信をもって顧客にサービスを提供できる分野でイノベーションをおこなう。そのためにはまずマーケティングで普通に行われている強みと弱みの分析をするという。どのような企業文化をもっているのか、をしらべ、単純なミッションステートメントを超えて、他の会社と差別化したサービスやプロダクトを提供できる領域は何かを見つけ出すのだという。

そのためのプロセスがなかなか分かりやすかった。調査と分析を二つに分けている。

Research&Anaysis1:

企業文化を強化して進化させる方法を考える。つまり自分の会社のサービスや製品の市場をしっかりとみて、その可能性を考える。普通の言葉で言えばある市場に対して複数の企業は同じ方法でアプローチしていることがほとんどだ。そのときに違う方法で市場にアプローチできないかを自社の強みを元に考えるのである。これは古典的な競争戦略であるが、こうしたマクロ的な視点をデザイン思考に取り入れたときの効果は大きい。なにをどのようにイノベーションするのかを決めるのである

Reseach&Analysis2

これはミクロなアプローチである。顧客は何をしているのかを民族誌を活用したり文化分析を行ったりして調べる。これは従来のマーケティングリサーチの枠を超えたものでなくてはならない。こうした調査に基づいてイノベーションを何度も繰り返す。そのときに注意することは「破壊的技術」の存在である。マーケットを壊す技術は現在の市場とは別のところからやってくるのだ。

「破壊的技術」とはどのようなものか。これは非常に大事な概念なので僕から説明を付け加えておこう。『イノベーションのジレンマ』クレイトン・M・クリステンゼン(Clayton M. Christensen)が述べていることだが、高度に進んだ技術が市場で勝利をおさめるわけではない、ということである。クリステンゼンはハードデスクを例として説明している。高速で大規模で、そして高価なハードデスクの開発が進んでいたときに、スピードが遅くてあまり容量がないハードデスクが登場してきて市場を席巻した。その理由は消費者は小型で安価なハードデスクを普及し始めていたパーソナルコンピュータに搭載したいと思っていたのだ。つまり、高度な技術が成功するのではなくて、顧客のニーズに応えるテクノロジーが市場で勝利するのだ。多くの場合、それは普通で少し性能が悪い技術であることが多い。だがそれが市場を破壊する。なので破壊的技術なのである。iPodやiPhoneはその典型だし、パーソナルコンピューターのCPUもその産物である。このことが分かっているハイテク企業経営陣は驚くほど少ない。

次に、直接・非直接の競合を調べるという。現在ノキアの競合相手はもはやかつてのモトローラやLGではなくなってきている。現在のは敵はアップルである。誰と競争するのかを決めることが大事だというのだ。

まとめると、会社の文化のマーケットの戦略の間にコアバリューがある。ここでイノベーションをするべきで、ここを戦略的イノベーションの場所と呼ぶ。ここでイノベーションを続けることでブランドが生成される。簡単なようだが、普通の企業は他社と製品において差別化することなく、同じ市場にむけて、広告戦略を立てて商品を売ろうとしている。だがこの戦略はもうふるいのだ。

イノベーションはハードイノベーション(Hard innovation)ソフトイノベーション(Soft innovation)に分けられる。第一は顧客に約束した価値をいかにして生み出すかというイノベーションである。プロダクトでもプロダクトを使って得られる経験でもかまわない。大事なことは約束した価値を生み出しそれを顧客に届けることである。そのためには市場を知らなくてはいけないし、約束した価値を届けるための技術開発も必要である。また製品の設計を行い製造するプロセスをしっかりと管理することも必要になる。インタラクションデザインプロダクトデザインパッケージデザインにも心を配らなくてはいけない。こうした活動をハードイノベーションとよぶ。これは分かりやすい。だがハードイノベーションを行っても、約束した価値を顧客に届けることは難しい。別の種類のイノベーションが必要なのだ。これをソフトイノベーションと呼ぶ。約束した価値を顧客に伝えるためのコミュニケーションコラボレーションの方法のイノベーションが必要なのだ。それは従来小売店舗のデザインとか、サービスデザインとか、広告・広報、あるいはマーケティングと呼ばれてきた分野がカバーしていたところだ。アップル社はハードイノベーションとソフトイノベーションを巧みに組み合わせている典型である。

今回富士通のために、富士通の強みを生かす技術を活用しつつ、きちっとした顧客調査も行って、新しいユーザーシナリオをつくった。そのキーコンセプトを紹介したい。ストーリーボードを作りアイデアを技術的に作る方法で19のユーザーシナリオをつくった。それぞれビジネスプロポジション(商品を買ってもらうための明確なメッセージ)をもつ。デザインモノからサービスへ、そして経験を経てブランド育成の方法へと進化していく流れが必要である。

以上をふまえて提示されたキーコンセプトが以下である。

シームレスソサエティ

都市のインフラは古いモノから新しいモノまでが混在している。この間をスムースに移動する仕組みを作る。

2Dプロダクト
電子ペーパーをつかって表面を目的によって変える。二次元だが多様な使い方が可能なプロダクトとなる。

Materialized Digital Teritory

デジタルインターフェイスを実際のフィジカルオブジェクトに置き換える。

Digital Backlash
デジタルで出来ることは終わってしまった。

Avoiding Emmission
テレビ電話などを活用する。

結論的にはごく普通のコンセプトであったが、広告代理店や広告代理店出身のコンセプト提供のコンサルティングビジネスと根本的に異なるところは、彼はこのコンセプトでプロトタイプまで作れることである。プロダクトデザイン力を見てもそれほど突出しているとは思わないし、イノベーションコンサルティングの内容も気の利いたシンクタンクであれば行える。だが、この二つを一つのサービスとして行うというところがジョセフ・ホラキスの特徴だ。ここは積極的に学びたいところである。

最後にイタリアのデザイン誌Interniでデザイン思考の特集があり彼が紹介されているということが付け加えられた。

http://www.internimagazine.it/
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by naohito-okude | 2009-09-19 16:54 | 講演会・展示会
六本木アクシスギャラリーでデザイン思考の講演会で話をした。

http://www.iid.co.jp/seminar2009/

デザイン思考2.0について語る

デザイン思考がようやく注目されいろいろなところでイノベーションワークショップが行われるようになった。だが実はイノベーションそのものはそれほど難しくない。大切なのはどの領域でイノベーションを行うべきかという戦略的思考と、イノベーションをどのように実現するかという実践の戦略である。つまりイノベーションの方法であるデザイン思考そのものは戦術に過ぎない。

IDEOや多くのアメリカ・イギリス系のデザイン思考コンサルタントと僕が代表をしているオプティマが提唱するデザイン思考との違いはここにあって、『デザイン思考の道具箱』のなかで哲学とビジョンと述べているところがそれだ。ここのところを経営戦略としてしっかりと充実させることが必要である。また経営戦略といっても、競争力を高めて自分だけ高い利益を上げる、ということが社会的に許されなくなっている。企業は社会的責任を問われている。さらにいま社会が直面している環境や高齢化社会にどのように対応していくのかといったことも大切だ。またこうしたことがビジネスチャンスを生む。

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講演では新しく登場してきている移動体中心のコミュニケーションインフラストラクチャーが可能にする新しいビジネスのチャンスとしてサービスや経験の充実をあげ、その領域でイノベーションを起こすための戦略を説明した。そのあと領域をきめてデザイン思考をいかに実践するかを説明した。民族誌的調査に加えて、Tinkeringという新しい方法も紹介した。従来「作って考える build to think」と言われてきたことと同じだが、新しい工作機器の登場で顧客が実際に手に取ってみることが出来るレベルのプロトタイプを開発できるようになってきている。ここまでイノベーションに関わる人は責任を持つ必要がある。そして、実際にイノベーションしたサービスやプロダクトを「産業化」しなくてはならない。そのために、多くの関係する企業とコラボレーションを構築して行かなくてはいけない。この作業もある意味イノベーションである。

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具体的な目的を戦略的に設定することでイノベーションは「ビジネスモデルは何か」というおなじみの質問に答えることが出来る。その方法を身に付けないと、デザイン思考を学んでも自己満足のアイデア創造ワークショップで終わってしまうのだ。

「デザインイノベーションによるクラウドサービスビジネスの進化」

富士通 森岡 亮(もりおか まこと)

今回の講演は森岡さんに依頼されたのだが、彼の肩書きは富士通デザイン株式会社 デザイン企画開発部 部長(これが本職だ) 兼、富士通株式会社 サービスビジネス本部 デザインプロデューサー 兼、富士通株式会社 ソフトウェア計画本部 開発企画統括部 デザインプロデューサーである。富士通は巨大産業で縦割りであり、研究所もデザイン部門も別の会社である。これでは総合的なサービスをデザインすることはほぼ不可能に近い。なので、森岡さんは兼務をして自分自身の中でコラボレーションが出来るような体制を作り出している。

発表はトラスティッドクラウド時代のデザインについて。生活、仕事の方法をデザインする。富士通のような巨大企業でデザインに何が出来るかを考えてきた。現在人間がコンピュータ環境の中でくらしている。そのとき、ハードのプロダクト、ソフトのデザイン、ファシリティのデザインを一体になってどのように行うか?についての発表。基本的なデザイン思考の方法である調査、ペルソナ、プロトタイプ、設計を何処に活用するか。

足下のマーケットを見抜くという方法を提案していた。戦略立案としてわるくない。そこから問題の本質の理解と気付きをおこなってデザインプロトタイプを行うという。プロダクトのデザインではなくてサービスのデザインへ、つまり体験価値、思いやり、コミュニティ価値を大事にしたいという。ここまでの話をマーケティングのミーティングで聞いたならば、なるほど、そうか、で終わるところだ。またこうした戦略的なことをいって、仕事が済んだと思う大企業の経営企画の人間は多い。だた、森岡さんはデザインの専門家である。戦略が決まると、具体的なプロトタイプを作る作業は得意である。

この立場から例に挙がったのは3つあった。

その1:金融店舗フィールド

金融店舗は新しいサービスを提供することが求められている。銀行の意味がかわり、きめ細かな利用者サービスが求められているにもかかわらず金融の店舗デザインは問題が多くて、トラブルも絶えない。実際、観察をしてみると「わかりやすさ」、「ホスピタリティ」、「コミュニケーションスタイル」の問題が多い。ここをデザインする可能性がある。いくつかのスケッチが紹介された。

その2:これからのオフィスのあり方

オフィス什器メーカーと共同で作業をしたが、よく考えると違うアプローチがある気がしている。アイデアを作ることは方法であり、一度覚えればどんどんでてくる。とすればそうした作業がらくにおこなえるようなオフィスをデザインすればいい。アイデアがどんどん浮かんでくるオフィスの環境をデザインする。もう一つはコミュニケーションの物理的なコストと環境負荷を高解像度のテレビ会議システム導入で改善する。そのための最適なデザインを考えてみたい。

オフィスの例に関してはそのとおりだ。ごく普通にオフィスの環境の再デザインをする時期に来ている。オフィス什器やコンピュータハードウェアを売っている時代ではない。


その3:コラボレーション環境を作る。

実際に顧客や他企業とコラボレーションしないとイノベーションは産業化しない。そのためにコラボレーションモデルを作った。それがNEXDプロジェクトである。具体的にはデザインテンプレートをつくり、顧客とビジネスにしていく。とりわけ、ITを意識しない体験価値のデザインを主眼とする。たとえば食のデザインを考えて、コラボレーションをおこない、あたらしいサービスのプロトタイプをつくるとか、ネットインフラを意識させないサービスをセンシング、リアルタイム、高速処理でおこなう、という種類のモノである。こうしたサービスのニーズはどこにあるのか?が一番の問題だ。つまりここで経営戦略の問題に戻っていくことになる。

具体的なビジネスの可能性をどうやって作っていけばいいかに関して、インスピレーションがわく話であった。
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by naohito-okude | 2009-09-19 07:29 | 講演会・展示会
9月17日 木曜日

八雲で行っているショーケースに井原慶子さんが訪問してくれた。彼女はレースクイーンから国際F3を走るレーサーに転身して一昨年までヨーロッパでレースを行っていた。26才でレーサーになり、女性で国際レースで転戦をするという希有な経験を積み重ねてきた。その苦労と挑戦のファイトが彼女の古い日記を読むと感じる。
blogのURLは二つ。現在ヨーロッパでのレース経験をまとめていて、blogに連載している。いずれまとめて改稿して出版されるという。楽しみ。

http://ameblo.jp/iharakeiko/
http://www.hobidas.com/blog/auto/ihara/

彼女の一番のお気に入りはDream Shower。
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これは自分のかわいがっている植物に遠隔で水をあげることが出来る、というものである。トマトの鉢の土の乾き具合をみて、一番いいときに水を与える。外出中や出張中にでもi-Phoneを振って、鉢に水をあげることが出来る。それなら自動で行えばいいと考えるのが今までだろう。だが、わざわざ気にして水をあげるところがエモーショナルデザインになっている。KMDの同僚のエイドリアン・チオクさんが作っているペットの鶏(!?、シンガポールではそうらしい)を遠隔でなぜたり、子供をねるまえに出張先のホテルから抱きしめたりする作品も同じである。相手を気遣う気持ちをデザインしている。

Plantrの前で、稲蔭さんと井原さんと僕の写真。

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Plantrのみんなとの写真。
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ピアニストでKMDの修士二年生でもある佐藤千尋さんが来たのでリビングのグランドピアノで一曲弾いてもらう。ドビュッシーのアラベスク第一番。

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最後にビールと軽食でご苦労様会。稲蔭さんがスピーチをして僕が乾杯の言葉。
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学生や若手の教員たちが非常に頑張ってショーケースを行ってくれた。どうもありがとう。
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ユビキタスコンピューティングという目に見えないコンピュータシステムに対して人間がアクセスして意味のある経験が出来る作品やモノを「ユビキタスコンテンツ」と名付けて、それはエンジニアリングの作品のように研究室内に存在するわけではなく、アートのように展示会や美術館の中に存在するわけでもなく、我々の日常世界のなかに存在する。そう考えて5年前に始めたプロジェクトであるが、結婚式をおこなう一軒家をかりて展示をおこなって、最初に考えたように日常生活の中で意味をもつデジタルのプロダクトを作ることが出来たと思う。また展示物のほとんどをネットワークに接続した。誰がいつ何をつかって遊んだかも分かるようにした。お遊びで入場するときにIDをわたし血液型占いをする。展示物を一通り遊んだ後、もう一度コンピュータにログインすると、たとえばO型の人間がどのくらいの割合でA型的遊び、B型的遊び、AB型的遊びをしたかの確率が表示される。A型っぽいO型だねえとか、表示される。これ自体は遊びなのだが、裏にはベイズネットワークというシステムが動いている。これも今回の大切な実験だ。人々が無意識に行動する記録とネットワークに繋がっているさまざまな作品とを連携させて意味を確率的に生み出していく。社会全体をダイナミックに感じながら日常生活を経験することが可能になる。

つながっているので妙なこともおこった。サウンドキャンディで入力した音をアマガタナで遊ぶときに再生することが出来る。広場で即興的に遊びを作り出すことが出来るのだ。これをみつけた学生たちは興奮して遊んでいた。さまざまな人の経験が空間に蓄積されて、それを様々な方法で活用することが出来るのだ。
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by naohito-okude | 2009-09-18 13:14 | 講演会・展示会
9月15日
「ユビキタスコンテンツショーケース2009」で講演とシンポジウムがあり、発表をした。

http://xtel.sfc.keio.ac.jp/jp/2009/07/2009.html

ユビキタスコンピューティングが普及して、コンピュータの姿が僕たちの日常生活から消えつつある。ラップトップコンピュータはそこら中で見かける、と思うかもしれない。しかし、実際には無線でインターネットにつながっていろいろなことにネットワークを活用している。こうした活動を行うためには、一昔前であればコンピュータをおく「コンピュータ室」とケーブルを部屋に引き回す工事が必要であった。

コンピュータが僕たちの生活環境に埋め込まれているのが現在なのだが、僕たちとコンピュータとの関わり合い方は実はそれほど変わっていない。人間とコンピュータとが出会う場所をインターフェイスと言うが、ここのデザインはコンピュータが目に見える形で存在していた時代と変わっていない。

もっと自由に楽しくインターフェイスの場所をデザインすることが出来れば情報を活用した我々の生活は根本から良い方向に変わっていくのだ。こうした領域をあつかうのがインタラクションデザインと呼ばれる分野なのだが、ここがなかなか良くならない。

たとえば情報家電というものがある。これはテレビならテレビにコンピュータが目に見えない形で埋め込まれている。ユビキタスコンピューティングの成果だ。だが使いにくいとかそもそも使ってみたい気持ちが起きない、とか買ったけれども使っていない、というのが現状だろう。ボタンの沢山付いたリモコンを操作しても楽しくないし、めんどくさい気がするだけだ。インタラクションのデザインが出来ていないとはこうゆうことである。

この問題をいかにして解決していくか、の方向性について講演をした。場所は目黒区の八雲というところにあるJASMAC 八雲というモダンな一軒家で結婚式場につかわれている場所である。家の中で展示をおこなうというのがコンセプトである。ユビキタスコンテンツとはKMDの稲蔭さんを研究代表とするプロジェクトで5年前にCRESTの研究支援で始まった。CRESTというのは、社会的・経済的ニーズの実現に向けて、戦略的に目標を設定して、研究対象をきめ、その結果が社会に大きなインパクトを与えるイノベーションとなることが期待されるプロジェクトを支援する仕組みで国(文部科学省)が設定するものである。結果が学術のみならず国民の生活向上に貢献することが期待される。Core Research for Evolutional Science and Technologyの略である。

稲蔭Crestは5年目を迎え今年がその最終年である。僕は理論構築を担当していて、その成果取りまとめに向けての発表である。細かいところはこれから大学院のBlogやXtelというこのプロジェクトで開発した新しいコンピュータ基盤に関して論じるBlogでこれからしばらく書いていく。

http://xtel.sfc.keio.ac.jp/theory/

http://www.ok.kmd.keio.ac.jp/

流れを簡単に紹介すると、インダストリアルデザインを生み出したと言っていいレイモンド・ローウィとアップル社のマックのデザインを始め、多くのハイテクデザインを生み出してきたフロッグデザイン社のハルトムット・エスリンガーについて同じ流れをくむモダニズム美学であることを説明して、それに異を唱える形でポストモダン美学を打ち出したエトレ・ソットサスの作品の説明をした。そのあと、コンピュータが日常生活から消えていくユビキタスコンピューティングの説明をして、消えてしまったコンピュータとインタラクションする方法がまだ開発されていないことを説明した。稲蔭CRESTは見えなくなってしまったコンピュータにどのようなインタラクションを与えるかが、研究テーマであり、多くの作品を作ってきた。その作品を解説しながら、新しい美学を生み出していく必要性とそのときの指針になりそうなブルーノ・ムナリのデザインについて解説をした。
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その後展示を見た。Pannaviというフライパンにセンサーを埋め込んで、料理をつくるアクションを直接コンピュータとインターフェイスして、コンピュータから情報を提示。それを見ながら料理を行う作品が下記の写真。
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センサーを埋め込んだフライパンをつくるために3Dプリンターで型をつくり、それを砂型として、アルミのフライパンを鋳造。形は良くできたが結構重いのが今後の課題。取っ手にXtelという無線基盤を埋め込み3軸センサーを入れた。フライパンの温度とフライパンをつかって料理するアクションが直接コンピュータとインターフェイスをする。プロトタイプとしてはまとまっている。ここ半年、僕の指導の下に大学院生チームで試行錯誤を繰り返してきて形になり、特許も申請したので、blogで公開することにする。意外にうまくできて感動的。


次にPlantrの展示を見る。これは京島のフィールドワークをもとにつくった作品。京島は墨田区にある。第二次世界大戦の戦災の被害が少なかったため、大正時代からの昭和初期の長屋などがのこっている。ここでのフィールドワークを二年ほど繰り返して、京島の住民が気軽にあつまってお酒を飲み食事をする場所に注目した。草花の手入れを皆でしながら、テーブルに座っておしゃべりをして酒を飲み食事をする。こうした活動が自然に行われている場所にコンピューティング環境を持ち込もうというこころみ。

草花の手入れを誰かすれば、手入れをしている人を認識して記録する装置とそうした情報を皆で閲覧しておしゃべりを弾ませる掲示板、そしてテーブルと椅子。機能としてはすぐにも作れる気がするが、テレビモニターとカメラとセンサーをむき出しで置くと、酒でも飲んでおしゃべりしようという雰囲気がまるでなくなる。なので、人々が楽しく酒を飲める環境にふさわしいデザインを工夫した。

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それからが結構大変で、テレビの枠を外し、別に枠を作り、台を鉄パイプで作った。学生が自分たちで溶接、塗装、パテ加工をおこなった。また草花を手入れするときに手入れしている人を撮影したり情報を表示したりする新しい仕組みを3Dプリンターでつくり、そこに小さな液晶モニターを分解してとりだした液晶ディスプレイを埋め込んだ。結果、普通に楽しい場所にユビキタスコンピューティングを埋め込みつつも、宴会を行い草花の手入れをするという行動をインターフェイスとする仕組みのプロトタイプが出来上がった。プラ模型を作る工作から電子工作、木工に溶接とあらゆる技術を動員したのだ。3日展示をして動作確認と修正をして、これをいろいろな場所に持ち出したい。ディスプレイがデジタルサイネージではなくて、お店のメニューを知らせる黒板のようになり、それがインタラクティブだという収まりをしたところが非常に良かった。写真では一見何処が新しいかわかりにくいが、いま大型テレビのデザインはこうした環境と人々の生活にとけ込むような配慮が全くされていないので、外側を外して作り直す作業はけっこうな技術と労力がいるのである。

PS
デザイン雑誌『AXIS』の神吉さんがblogでショーケースの報告を書いてくれた。どうもありがとう。
AXIS
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by naohito-okude | 2009-09-16 09:07 | 講演会・展示会

CEDEC講演会

こんにちは。

9月2日、横浜パシフィコでおこなわれたCEDECで講演しました。

http://cedec.cesa.or.jp/2009/


アーカイブに詳細が近いうちに発表されると思うので興味のある人は参考にして下さい。

タイトルは「製造業の研究所」というものだったのだけれど、発表後「天才でなくてもゲームは作れる」としたほうがよかったかなと同僚の慶應大学大学院メディアデザイン研究科教授の稲見昌彦さんのコメント。ゲーム業界も大分本格的になってきてイノベーションを経営的な視点から生み出していかないと経営が追いつかなくなっている。そのあたりをどのように突破するかの話をしました。

このblogでは大学院での活動以外の話を逐次紹介していくのでよろしくお願いします。
大学院の方のblogはこちらです。

http://www.ok.kmd.keio.ac.jp/
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by naohito-okude | 2009-09-04 18:43 | 講演会・展示会