奥出直人のJazz的生活


by naohito-okude

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デジタル環境あれこれ


デジタル機器で身の回りの知的環境をそろえ始めて、28年くらいになる。基本的に小さなコンピュータをもとめていろいろと使ってきた。メインフレーム、ミニコン、パソコン、ラップトップと来て、最近の身の回りというかデジタル環境が再び大きく変わり始めた。ちょっと振り返ってみたい。

『物書きがコンピュータに出会うとき』という本で詳しく書いているが、僕のパーソナルデジタル環境はAppleⅡにはじまる。1982年のことだ。

この機械にCP/MというOSを走らせるカードを差し込み、WordstarPerfectwriterというワードプロセッサーのソフトウェアをつかって、アメリカの大学院生生活を送った。

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OTORONA ATTACHE オトロナアタッシェ
持ち運べる、ということが非常に大事だった。家で原稿を書いて、大学の自分のキャレルでも原稿を書き続ける。当時BYTEというコンピュータ雑誌を愛読していて、なかでもジェリー・パーネルいう人のコラムはそれこそむさぼるように読んだ。抜粋が翻訳されている。そのなかで、彼が購入したという記事をみて購入。1983年のことだ。これで博士論文まで書いた。

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タンデム100
このころ、もっと快適に文章をかけないかとおもっていたところ、発売されたのがタンデム100である。きちんとしたキーボードに数行の文字がみえる液晶。これは意外に重宝した。ある程度文章を書くことができると数行で十分だし、電動タイプライターから移行してそれほど時はたっていないので、それも気にならなかった。日本に帰ってこの感じで日本語が使える機械を探したがなくて、これを使うことはあきらめた。

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東芝ラップトップJ 3100

アタッシェの次はこれである。プラズマディスプレイの機械で、少々重かったが、これでほとんどの原稿は書いた。SFCを準備していた頃で2週間に1回、三田に集まって2年間、作業をした。いまKMDで同僚の加藤朗君と一緒に「下っ端」として沢山仕事をした覚えがある。OSはMSDOSで、ソフトウェアは>b>一太郎である。この組み合わせは素晴らしかった。マイクロソフトのワードに市場を奪われてしまったが、ATOKはいまだ健在だ。

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マックのラップトップとは相性が悪くて、J3100のあとは、ずっとThinkPadである。リヒャルト・ザッパー(Richard Sapper, 1932年 - )がデザイナーである。イタリア、Artemide(アルテミデ)社の名作デスクランプ、Tizio(ティツィオ)でしられている。これは必要に応じて90度から180度まで自在にアームの調整が可能。
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このランプのデザインが強烈に反映しているのがThinkPadだ。彼がデザインした筐体とキーボード、他にも特徴をあげたらきりがないほど素晴らしいマシンだった。ある人にThinkPadは素晴らしいと褒めたら、「当たり前だろう、大和で作っているのだから」と言われたことがある。IBMが輝いていた頃、一番優れているコンピュータに関係するエンジニアたちはIBMに就職して、大和にいた。彼らが全力をあげて開発するThinkPadが優れているのは当然だ、という話である。日本の英知にイタリアデザインの色気がくわわったのがThinkPadだったのだ。

CP/Mに始まって、MSDOSの世界でコンピュータを使ってきた。そしてWindows95になり現在に至る。文章を書くときはこの環境にお世話になってきた。Macの昔のOSは普通の文章を書くときにつかうとどこか変で、日常で使うことはなかった。DTPは随分早く導入したので、MacIIの時代からデスクトップとしてレーザープリンターと会わせて、随分と使ってきた。だが、アップル社のラップトップを使って文章を書く作業を進めることはなかった。最近SONYのOEMだったと最近知ったマックブックは新製品が出る度に購入したけれど、メインの執筆用のマシンになることはついになかった。
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AirMac
アルミ筐体でインテルのCPUが入っている最初のMacBookProを購入して、これは重かったけど、よく使った。この時点で、ThinkPadからMacBookに乗り換えた。このマシンはいまでも音楽用につかっている。そして、MacBookAir。現在のものは2台目で、SDにしてあり、快適。キーストロークといい、画面の感じといい、文章を書くということを考えると圧倒的にこの機械は優れている。大げさに言うと30年近く求めていた自在に文章が書けて気軽に持ち歩けるコンピュータについに出会ったという気がする。ハードデスクがないことも気持ちが良い。これで決まり、という感じがしている。

iPhone

さて、最近のヒットはiPhoneである。いつでもどこでもインターネットが使える、ということの便利さを感じる。くわえて、iPodソフトが使える。容量がすくないので選んで入れているが、それほど手間ではない。そもそもiTuneをつかって貯めているデーターは巨大になりiPodClassicにも入らない。これは何となくiPodの時代が少しずつ終わろうとしている気がする。インターネットにいつでも繋がっていることで、podcastを使う感じも大分違うし、アメリカのラジオ局からのインターネット放送をストリーミングで聞く楽しさもある。貯めているより繋がっている方がいい。この感覚はこれからのアプリケーションやサービスの展開を考えるときに結構大事になってくると思う。

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Kindle

Kindleを入手したときはかなりびっくりした。本当の良くできていて、本好きなら何の文句も出ないできになっている。小説も評論もぐいぐい読める。Webでアマゾンのサイトに行き、そこから購入すると、自動的に電子ブックのコンテンツがKindleに送られてくる。著作権そのほかで買いたい本が結構日本に住んでいると買えない。これがかなりマイナス。知の連鎖がとぎれる。まあこの辺りは消費者側からの要求で変わっていくと思う。

いま実験的に試しているのはKindleにダウンロードした本だけで評論を書くこと。昔からラルフ・エリスン論を書いてみたいと思っていた。待ち受け画面で作家のポートレイトがでるのだが、そこのラルフ・エリスンがあったので思い出したというわけである。Kindle一つでどのくらいのことが出来るか、ちょっと試してみたい。

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by naohito-okude | 2009-11-29 21:42